前橋地方裁判所桐生支部 昭和37年(ワ)65号 判決 1963年12月02日
原告 広川隆
被告 栃木トヨペツト株式会社
主文
被告の原告に対する宇都宮地方法務局所属公証人長嶋三四次作成の昭和三六年第五〇七号公正証書に基く強制執行はこれを許さない。
訴訟費用は被告の負担とする。
当裁判所が本件につき昭和三七年四月三日なした強制執行停止決定はこれを認可する。
前項に限り仮に執行することができる。
事実
第一、原告の求める裁判
主文第一、二項同旨
第二、原告の請求原因
(一) 原告は被告より昭和三六年二月一四日トヨペツト一九五七年式RR一七型自動車一台を次の約旨で月賦購入し、その旨同年三月二二日宇都宮地方法務局所属公証人長嶋三四次によつて要旨次のとおりの公正証書に作成せられた。
(1) 代金は金三〇八、六八〇円とし、本契約と同時に内金三四、〇〇〇円を、残金は昭和三六年三月三一日金一八、四八〇円、同年四月より昭和三七年五月迄毎月末日毎に金一八、三〇〇円宛を被告営業所に持参して支払うこと。
(2) 右月賦金の支払を確保するため本契約と同時に原告は被告に宛て各月支払金額を額面金額とし各月期日を支払日とする約束手形を振出すこと。前項手形金が期日に支払われた時は月賦金の支払があつたものとする。
(3) 被告は本契約と同時に原告の預り証及び(2) の手形と引換えに自動車を原告に交付しその使用を許諾する。
(4) 自動車の代金完済のときまで自動車の所有権は被告に留保し、売買代金完済のとき正規の譲渡証明書の交付により原告に移転する。
(5) 原告が(1) の月賦金の支払を怠つた場合はその遅滞日数に応じ日歩九銭八厘の割合による遅延損害金を被告に支払わねばならない。
(6) 原告が月賦金の支払を一回でも怠つたときは被告から何等の通知催告等の手続なくして当然月賦弁済の利益を失い原告は被告に対し残債務並びに遅延損害金を即時に弁済しなければならない。
(7) 原告が本契約の条項に違反したとき若くは「第一七条第一項の各号の一」(原告又は保証人・自動車の営業名義人・車庫名義人が支払を停止し又は第三者より差押・保全処分・破産の申立・銀行の不渡処分・和議申立・刑事訴追を受けたとき、逃亡したとき、公租公課を滞納したとき、営業停止又は営業許可の取消等々を指す)に該当する事由あるときは、被告はその任意選択するところにより何等の通知又は催告を要することなく直ちに本契約を解除することができる。
被告が前項又は他の特約により本契約を解除したときは被告が原告から既に受取つた内入代金は全部自動車の使用料として被告これを取得し原告に返還する要なく、尚原告は被告に対して未払代金相当額を違約損害金として支払うことを承認した。但し返還を受けた自動車の時価を参酌して違約損害金の額を加減することもある。
第一項の場合被告は原告若くは原告の保証人から被告の任意に認める相当金額の支払又は担保の差入をなさしめ或いは被告の適当と認める保証人を立てさせて契約を継続させることができる。
(8) 本売買契約が解除せられた時は原告は前記自動車の使用権を失い直ちに自動車を被告に返還しなければならない。
(9) 原告は本契約に基く金銭債務不履行のときは直ちに強制執行を受けても異議のない旨を認諾する。
(二) 原告は右自動車の引渡を受け金三四、〇〇〇円の支払をしたがその後の月賦金の支払をしなかつたので、被告は右公正証書の第六項に執行文の付与を受け昭和三六年五月二〇日前橋地方裁判所所属執行吏樋口三郎をして別紙目録<省略>記載の物件に対し強制執行をさせた。
(三) 原告は被告に対し競売の延期を乞い同年一一月二一日までに既払分を含めて金一二五、六八〇円を支払つた。
(四) 右自動車は性能が悪いので原告は昭和三六年七月初頃より同年八月末日迄の間に約一〇万円の費用をかけて桐生市内の春山自動車修理工場で修理させ購入当時よりも良くした。
(五) しかし右自動車は積載量がなく原告の営業には不適当であつたので他の車を購入することゝし、昭和三六一一月二一日被告会社の集金員桜井善作が原告方に来た際本件自動車売買契約を解約したい旨申入れ被告はこれを承諾し、昭和三七年一月一〇日被告はこれを引取つた。
以上のように原告は被告に対し自動車を購入当時より良品として返還した上金一二五、六八〇円を支払つているのであるから被告に対する全債務は消滅しているにも拘らず、被告は前記公正証書があるのを奇貨として強制執行をしているのであつて不当であるから本訴に及ぶ。
(六) 被告の抗弁に対しては何等の答弁をもしなかつた。
第三、原告申請の証拠及び被告申請の証拠に対する認否<省略>
第四、被告の求める裁判
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第五、請求原因に対する被告の答弁
(一) 請求原因(一)(二)(三)の事実は認める。
(二) 請求原因(四)の事実に対する被告の主張 昭和三六年六月二八日原告の使用人織田道広が本件自動車を運転し福島県南会津郡田島町大字原沢羽塩地内の国道を進行中他の自動車を追越そうとして衝突し本件自動車を大破させたものであり、そのため原告は春山自動車修理工場においてその修理をさせたものであり購入時より価値は減少している。
(三) 請求原因(五)の事実は否認する。原告が月賦販売契約に違反し第二回目以降の月賦代金の支払を怠り再三その請求をしたが応じないので原告主張のとおり強制執行に着手し、その後原告主張のとおり支払つてもらつたが、再び支払わなくなつたので、公正証書中原告主張(7) に基き昭和三七年一月九日被告は原告方において本件月賦販売契約を解除する旨の意思表示をし本件自動車の返還を受けたものであり、従つて従前の金一八三、〇〇〇円の未払代金は右金額の損害金に変つたものであり、返還を受けた自動車は前述のとおり価値が減少しているので、約旨により被告において金五万円と評価して右金員から差引き残金一三三、〇〇〇円及びこれに対する遅延損害金の支払を受ける権利があるものである。
(四) 尚、はじめ月賦販売代金の請求のため強制執行をなしていたのを契約を解除して違約損害金の支払を求めたとしても、求める金額は同一であつて債権の性質が変つたにすぎず、いずれも同一公正証書による強制執行であるから、被告がはじめの強制執行を解除して改めて違約損害金のために強制執行をするという手続を踏む必要はないものである。
第六、被告申請の証拠及び原告申請の証拠に対する認否<省略>
理由
原告の請求原因事実中(一)(二)(三)の点については当事者間に争がないので(五)の点について検討する。
成立に争のない乙第一号証と証人桜井善作同坂主三郎の証言に弁論の全趣旨を綜合すると、原告が月賦代金を支払わないので被告会社は職員桜井をして昭和三六年一〇月頃数回請求に赴かせ、同年一二月八日には原告に月賦金を必ず支払う旨の誓約書をいれさせたこと、それにも拘らず月賦金の内昭和三六年七月の月賦金まで(以上全合計一二五、六八〇円)を支払つたのみ(この点争がない)でその余の支払をしなかつたので、昭和三七年一月一〇日頃被告会社々員坂主三郎が原告方に赴き月賦販売契約公正証書の条項(請求原因(7) )に基き契約を解除して自動車を引取つたこと、被告会社は右自動車の価格を金五万円と査定し原告にこの旨を告げ残金一三三、〇〇〇円を違約損害金として請求したものであることを認めることができる(原告が主張する解約とは法律的には解除と認定することになる)。
これによると公正証書中月賦販売契約は解除せられたのであるから原告主張の(一)の(6) の月賦残代金及び遅延損害金の支払を即時に求める旨の条項は適用の余地なくなつたものといわなければならないから、公正証書中右の条項の執行排除を求める請求は理由がある。
次に公正証書中解除に基く違約金の請求の点(原告請求原因(一)の(7) )について判断する。
当事者間に争のない月賦販売契約公正証書の約款を検討するに、原告が月賦金を完済するまでの自動車の所有権は売主たる被告に留保される旨のいわゆる所有権留保約款、月賦金の支払を一回でも怠つたときの期間喪失約款・原告の不履行の場合の契約解除約款、解除の場合の自動車返還約款、既払代金は使用料とする旨の没収約款、未払代金は違約損害金とする旨の違約損害金約款(これには但書で取戻した自動車の時価を参酌して違約損害金の額を加減することもあるとあるけれども、これは買主の権利としてではなく売主の恩恵として参酌してもしなくてもよいと規定されているに過ぎない。)が規定せられている。
さて、本件のごとき月賦販売契約においては、売主は買主に信用を供与する関係上あたう限り代金債権の確保その他売主の権利を確保しようとし、一般的に経済的優位に立つ売主はその優位を利用して定型的条項を定め、この条項を承諾する個々人にのみ目的物を販売するといういわゆる附合契約を強いるものであり、その故にこそドイツ・イギリス・オーストリヤ・スイス(債務法)をはじめとする多くの諸外国において早くから特別法を以て月賦販売契約を規制して取引を公正にしその健全な発達を図り商品の流通を円滑にするよう試み、その中において特に買主に苛酷のものを制限し或る種の条項を無効としてきているのであり、我国においても「割賦販売法」(昭和三六年法第一五九同年七月一日公布同年一二月一日施行)が成立し、その第五条において契約解除の制限を定めこれに反する特約を無効とし、第六条において契約解除に伴う損害賠償等の額の制限を規定し、これを超える額の約定をしても買主にこれを請求しえないことゝしたのである。
本件公正証書の前記解除の場合の約款は買主の月賦金の不払がその支払の初期中期後期いずれの時期に生ずるかを区別せず一様に規定されてあつて合理性がない(例えば第二回目の月賦金不払の場合の違約損害金最終回の月賦金不払の場合の没収約款を考えよ。)上買主に不当に酷しく、いずれの場合も買主は自動車を返還した上名目のいかんを問わず結局売買代金額を支払わなければならないという意味においては買主に不利に極めて合理的である。尚恩恵的な条項である自動車の時価の参酌にしても約款によれば売主の一方的評価によるのでり、本件の場合では成程これを参酌してはいるけれども、修理せられたとはいえ交通事故により大破したものであるとの理由で五万円にしか評価していないが、証人春山善吉の証言によれば修理代は金八八、〇〇〇円であり時価は被告の主張をはるかに上まわる二〇数万円と評価しているのであつて買主に不利であることは明らかである。以上月賦販売契約の附合契約性並びにその規制についての前述の法律進化を辿るとき、本件没収約款違約損害金約款は公序良俗に違反し無効のものといわなければならない。
そうすると、右解除に伴う事後措置についてはともかく、本件公正証書中前述(一)の(7) の約款に基く強制執行は許されないことになる。
以上によれば右公正証書の約款はいずれも執行力がないことに帰するので、爾余の判断をなすまでもなく原告の請求を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、強制執行停止決定の認可並びに仮執行宣言につき同法第五四八条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 松沢博夫)